弦は1弦から
14
17
13
14
の4本の弦を
張ってます
2は太め(音が低い)
3は細め(高い)
1、4弦は2と3の中間

この組み合わせは
ある日
歩いていたとき
突然思いついて
それからだいたい
こうしてます

(こうしてないときもあるし
たまに普通に6弦にもする)

チューニングは
いろいろ変えて
曲作ってます

写真は一生お気に入りのやつです
右のは同じの2本持ってます
左のが小さいので右のが大きく見えますが
右のも普通よりもかなり小さいです
小さくてかわいい過ぎて
他に欲しくならないです



頭痛の薬飲む回数が全然減らない。予防薬も飲んでるけど。だいたい毎日頭痛くなって薬飲む。一応効くけどまたすぐなる。この前の無職のときも変わらなかったから何があっても治らない気がする。子どもの頃自家中毒によくなってたからそれの続きのようなものだと思う。生まれたときから自分に合わない環境に育ってそのまま大人になって環境に合わせるのができない体質になったんだと思う。普通は段階を踏んで少しずつ成長していくところぼくはそれがいやだったみたい。人と同じことしたり真似することができなかった。全部何をやってもどこへ行っても居場所がない。それはみんなそうなのかもしれないけどみんなはみんなに合わせることができる。ぼくは合わせられないしそれで頭痛くなって薬飲むしかない。ひとりひとりみんな違うのにみんな同じような感じで普通のほうがいいみたい。変わってたらだめみたい。ひとりとひとりの関係なら人としてお付き合いができてもやっぱりみんなのことはきらい。人が何しようと何考えてようと関係ないはず。それをひとつの環境に無理に収めるようなことがきらい。学校とか会社とか国とか全部なくなって欲しい。そういうのって普通に生まれてきた人が普通に成長できたら何もストレスに思わないのかもしれない。ちょっとでもずれてたら変わり者って感じがしたりそれに名前がつけられてそう呼ばれるのが当たり前みたい。ばかみたい。
最近今まで撮ってきた写真を整理してThreadsにアップしてる。最初にデジタルカメラを買ったのが2000年前後ぐらいだったかな?それから今までずっと撮ってきた写真全部が今現在の時間から同じくらいの長さにあるような感じがする。ずっと昔もつい最近も写真になってると同じような感じ。昔のは昔の光で今の光とは違うと思うけど。でも今からその写真の時間との距離が同じ距離にあるような感覚。デジタルのものはいくらでも保存できるから残してあるけど。それ以前のフィルムの写真は全部捨てて残ってない。すごく後悔してる。なんで捨ててしまったのかわからない。そのときはこんなものに価値がないと思った。時間が経ってみると長い時間なほどその大切さに気が付く。それは今になってわかる。でもそれぞれの時間と今現在との距離が同じような感じがする。
何も音楽を知らない人がはじめて作ったような音楽ができたらと思う。純粋で透明なメロディ。そこら辺に落ちてるものを集めて好きなように並べて順番に叩いていってできたような感じ。あと誰も聞いたことない新しい音楽ができたらとも思う。あと必死になってやりたくない。何も気にしないでやっていきたい。人がどう思うとか関係ない。何にも関わりたくないし何かになりたいと思わない。自分が最高と思うところまで行く。最高なところに行きたい。最低限のものだけを使って。
物作りをしたいのと家にいるのが落ち着かなくてお出かけしたいの気持ちがずっとあったけど今までほとんど家にいるのが落ち着かなくて自転車乗りに行くか電車乗りに行くかだった。自転車が好きだったから自然と自転車をばらしたり部品を交換したり改造するようになった。今わりと家に長くいれるようになったのは自転車に夢中になった延長でミシンを使っていろんな物を作りたくなった。今の気持ちを辿ると自転車が好きだったのと結びつく。あと物作りより先に見ることはずっと好きだった。生まれて最初に夢中になったのは絵を描くことだった。絵を描くことは物作りとは違って見ることのほうだと思う。目で見えるものを写す作業で作るとは違って。その次は音楽が楽しいと気がついた。最初の頃は音楽と絵は別々だったけどやってるうちに絵と同じようなことだと気がついた。共通して思うことは錯覚と発見。作るというのとは違って何かを発見する。それを実際に見えるように聞こえるように並び替えるというか調整して整えること。これに当てはまる言葉はなくて言うとすれば絵と音楽という感じ。だからずっと見ることは好きでとにかくいつでもどこでも見てたと思う。自転車乗りに行くのも電車乗りに行くのも好きなのは次々と景色が変わっていくから。なかなか飽きない。それで最近物作りを始めて思ったのは今まで見てきた頭の中にあるいろいろな印象的なことが出てくる。作っていてこれはこういうことだったのかと思うことがたくさん出てくる。ミシンの取説もほとんど見ないで自分で探りながら進めるのがすごい楽しい。まだ行ったことない道に行きたくなって行くような感じ。初めて乗りに行く電車みたい。

予言とか未来人の話とかほんとに信じてる人っているのかな?タイムマシンとかテレポーテーションとか近い将来できると思うけど。オリジナルは変えられないと思う。何もかも人工的に生成できるようにはなっても実際には行き来できるようにはならないと思う。予言が当たることがあるのは確率が低くないこと。何日にとかもだけど何年の何月にって言うのはそんなにはすごい確率じゃないんじゃないかな。たったの12ヶ月、365日しかない。